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| 2003/9/2 |
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『ヘヴンアイズ』
著 者:デイヴィッド・アーモンド/金原瑞人 出版社:河出書房新社
発行日:2003年06月 本体価格:1,500円
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ふくやまけいこさんの初期短編に『地下鉄のフォール』という作品があります。地下鉄坑内に迷いこんだ女の子が、暗闇の中をさまよううちに、フォールという青年と出会う。フォールは、色々と辛いことがあって、社会からドロップアウトしてしまい、今は地下に隠れ住んでいるという心優しい青年。フォールに導かれて、女の子は光の世界に戻ることができるのですが、彼は、いまだに社会を恐れて、再び闇の中に消えてしまう。今もフォールは、あの暗闇の中にひとりで居るのだろうか、という女の子の回想で終わる余韻の残る一篇でした。そういえば、フェリス・ホルマンの『地下鉄少年スレイク』という小説もまた、不幸な少年が逃れ逃れて、地下鉄駅内に安住の地を見つける物語でした。地下鉄、というごく身近な「闇の世界」に、外の世界では弱すぎて輝くことができなかった光がほのかに灯っているなんて、ままロマンティシズムを感じたものです。陽光が降りそそぐ、明るい世界の中では気づかれないような微かな光。闇の世界を描く作品に惹かれるのは、その漆黒の底に、普段では見えない何かを見つけたいからかも知れません。いつかこの闇の世界を抜け出して外の世界に出て行くこと、への期待を孕みながらも、そこでしか輝くことのできない光をこそ惜しみたい、という気持ちもあり、大団円でも、そうではなくても、こうした道具立ての物語には強く惹かれてしまいます。さて、そんな偏向読書を続ける私の同好の方には、是非、本書『ヘヴンアイズ』をお勧めしたいと思います。ヘヴンアイズは、どんな闇の中にも天国(ヘヴン)を見つけ出すことができる目(アイズ)を持った少女。しかもその両手には、水かきがついている・・・。何者なのかヘヴンアイズ。暗闇の中の微かな光。歌うように話をする、天真爛漫なヘヴンアイズの魅力に、あなたもきっと虜になるはず。まずは一歩、彼女の住む、あの不思議な闇の世界に足を踏み出してみましょう(なんて)。
孤児院に暮らす三人の子どもたち。エリンとジャニュアリーとマウス。孤児院が描かれていても、大時代的な舞台設定ではありませんので、厳しい教護官に鞭をふるわれ虐待されることもありませんが、現代的な拘束は、彼らを、なんだかもう少し切ない目にあわせています。心に傷のある可哀相な子どもたち、という取り扱い。腕に「この子をよろしく」と書かれた刺青を入れられているマウスのエピソードなど、本当に可哀相でしかたがないのだけれど、ふるまわれるおしきせの愛情と、心の治療のメニューには、やはり辟易してしまう。子どもたちの気持ちは、もう少し複雑なのです。このたびも、ささやかな反抗を試みて、孤児院を抜け出した三人は、一艘の筏で川を下り、いきつくところまで逃げ落ちようとするのですが、途中、流れに流され、とある岸辺に到達します。そこは、かつての工場跡地で、今は廃墟となっている、世の中から隔絶された「闇の世界」。その岸辺の泥沼にはまり身動きがとれなくなった三人を救ったのは、ヘヴンアイズと名乗る少女でした。人が誰も足を踏み入れない廃墟に、頭の少しおかしいグランパという老人と二人で暮らしている少女ヘヴンアイズは、この泥沼の中からグランパに見つけ出され、育ててもらったのだと言います。ボロボロになった警備員服を身にまとったグランパは一体、ここで何をしているのか。孤児たち三人は、この世界から抜け出す算段を考えながら、この二人と一緒に暮らしはじめます。無垢で、人を疑うことを知らないヘヴンアイズ。グランパを一身に愛して、美しくも可愛らしい言葉を語り続けるヘヴンアイズ。彼女との関わりの中で三人の孤児たちの閉ざされた心にも、少しだけ、光がさしてこんでいきます。やがて物語は、曲折の末に、すべてを飲み込む泥沼(ブラックミドゥン)から掘り出された「物たち」によって、不思議な帰結を迎えます。子どもたちの繊細な感情のリアリティと、幻想的な闇の世界の不条理が交差する、鮮烈なイメージの作品。実は、未だにどう解釈したら良いのかわからない部分も多いのですが、訳者があとがきでGマルケスの短編とのイメージをオーバーラップしてくれたことで、手がかりを与えてもらったような気もします(この作者のデビュー作『肩胛骨は翼のなごり』を読んだ際にもマルケスの別の短編が想起されたものですが、意図するところがあるのでしょうか)。
小林伸一郎さんの『廃墟遊戯』を始めとして、ここ数年、「廃墟」をテーマにした写真集が数多く刊行されています。今はうち捨てられた「炭坑」「旅館」「遊技場」など、錆びた鉄筋が剥き出しとなった寒々とした「金属的な荒野」の風景写真に、なぜか惹かれる人は多いようです。最近のものだと『墟』という写真集が良かったです。遠景から廃墟をとらえたスケールの大きな写真が多く、終末感漂う廃屋の姿と優美な自然との対比が印象的で、強いインパクトを受けました。日本にこんなところがあるんだ・・・という驚きもさることながら、「鉱山」など、かつては隆盛を誇った時代があり、多くの人たちが働いていた場所の、変わり果てた姿であるというところに、その黄金時代への追想が二重写しとなって不思議な像が頭の中に結ばれていきます。かつて、人々の豊かな労働と生活があったであろう場所。その記憶の残骸を留める抜け殻のような錆びた廃屋。『ヘヴンアイズ』に描かれる廃墟に暮らすグランパは、恐らく、この滅んだ町の最後の住人なのではないかと想像されます。どういう事情で、この町に残り、ヘヴンアイズを守り育てているのか。この世の果てのような廃墟と、彼岸の世界につながる入り口のような泥沼(ブラックミドゥン)のイメージが、この物語の幻惑感を加速させていきます。想像で補わなくてはならない部分も多いのですが、本編で語られえぬ余白にこそ読書的飛躍はあるもの。この世の果ての何処かの場所で、この不思議な世界について、お話ができれば幸いです。 |
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【楽天ブックススタッフ 知】 |
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