切ない系の作家といわれる「乙一」さんの短編集です。短編集は電車の中などのこま切れの時間でも意外と読みやすいので、通勤に読むのにいいですよね。さらっとあっという間に読んでしまいましたが、最後の「失はれた物語」の印象深さはなかなかのものです。
「失はれた物語」の主人公は交通事故にあってしまい、右腕の感覚しかなくなってしまった男の人です。意識はしっかりしていて、思考はぐるぐるしているのに人差し指しか動かすことができず、思っていることのアウトプットができません。想像しただけで気が狂いそうな恐ろしい状況です・・・。そんな状況ですが、主人公は少しずつ右腕からいろんなことがわかるようになります。まず腕に文字を書いてもらってYesNoを人差し指で伝えるコミュニケーションが妻とはじまります。この状態は主人公はもちろん家族も相当ツライ状況ですよね・・・。右腕の感覚以外の感覚は戻る見込みはなく、自分では自殺をすることもできない。家族ももうどうしていいかわからない。絶望的です。そんなある日、妻はピアニストなのですが、腕を鍵盤に見立てて音楽を奏でるということをします。もちろん主人公には視覚も聴覚もないのですが、頭の中にはその曲のイメージが広がり、とても楽しいひと時になります。本当にこんなことが起こるかどうかは別にして、私はこのシーンが、この設定が一番心に残って好きな場面です。本当に人は音が聞こえなくても音楽を感じることができるのでしょうか?耳が聞こえないベートーベンが作曲&指揮をしたと言われているわけですから、イマジネーションで音楽を感じることって、できるのかもしれませんね。未知の世界ですがステキな話だと思います。
さらに主人公は指のタッチから妻の精神状態をも感じることができるようになるのですが、2年の月日が経過してしまい、主人公は次第に妻の疲れを感じとります。妻がどんな明るい曲を弾いていても、暗いイメージが心(アタマ?)に浮かんできてしまうのです。そこで主人公はある決意をします・・・。
切ないそしてちょっと考えさせられるお話でした。医者の友人が(いつも死に接しているからだと思いますが)「遺書」を身近な人宛てに書いて自宅の机にしまっていると言っていた話を思い出しました。(もちろん「遺書」は定期的に更新しているそうですが)。私も大好きな人たちに最後にお礼とお別れをいえないのはイヤだなぁと思いましたが、「遺書」を書く前に毎日現実として感謝を伝えていく方が先ですね。とりあえず両親にもっと親孝行を・・・。 |