医療現場の内実を描いたTVドラマと言えば?『ブラックジャックによろしく』?ノーノー、新しすぎるぜ。『ER』?『シカゴホープ』?外国作品じゃないですか。日本純正、医療機構の野望渦巻く政治闘争を描いた力作医療ドラマといえば、そう『白い巨塔』です。あなたは覚えているだろうか、財前教授のあの華麗なオペを、そして、あの荘厳な総回診を。などと調子にのって書き始めておりますが、私自身、かなりおぼろげな記憶しかありません。子どもの頃に初回放送を見た記憶しかないものですから、表面上のインパクトだけですね。とはいえ、衝撃のドラマではありました。丁度、主人公の医師、財前五郎を演じた田宮二郎氏が、このドラマの後、自殺(しかも猟銃で自分の頭を撃ちぬくというショッキングなもの)されたことが、この作品の神秘性を強めているような気もしますが、こう「硬派な社会派ドラマ」という感じでしたよ。先日、三谷幸喜さんのエッセイ『怒涛の晩年』を読んでいたところ、入院したお母さんにポータブルDVDプレイヤーを貸してあげたら、『白い巨塔』のドラマ全話を入院中に見倒した、という挿話が載っていて、そりゃあ、誤診裁判のドラマをずっと見ている入院患者なんて、病院関係者はいやだろうな、と思った次第。とはいえ、ちょっと刺激を受けまして、『白い巨塔』が気になってしまいました。あのドラマが、山崎豊子さんの原作だと意識したのは、いつからかわかりませんが、またまた「山崎豊子長編ワールド浸りっぱなしの一週間読書」が始まるのか、と思いながらも、原作を読んでしまいましたよ。どっぷりと。文庫も昨年、新装されたのですね。
最初の5ページで、浪速大学の大学病院の医師、財前助教授の置かれている状況が明らかになります。もう、いきなり、物語世界に没頭できます。国立の医科大学のヒエアルキーの驚くべき姿が、そこでは詳らかになっています。財前五郎は、第一外科の東教授の下、長い間の助教授生活を送っています。もうすぐ退官を迎える東教授の後任教授には、一体、誰が選ばれるのか。大学病院の教授と助教授ではその階級差は歴然。誰もが欲しい、教授の椅子。無論、順当にいけば、財前助教授を後任に推挙すべきところなのですが、どうもこの頃、東教授は、女房役として、自分を影となり支え、医局の煩わしい仕事を一手に引き受けてきた財前という男を疎ましく思いはじめていたのです。切れすぎる。頭も切れれば、メスも切れる。その胃・食道ガンの手術の腕前の冴えは、手術時間短縮のレコードを更新し、困難と言われる数々の手術を成功させてきました。マスコミは財前助教授を稀代の名外科医と大きくとりあげもします。東教授は、これが面白くない。どうもこの頃、財前は、自分の力に溺れて尊大で傲慢になってはいないか。東教授が、反財前の後任人事への布石を置きはじめた時、財前もまた、なんとしても教授の椅子を得んがために、富裕な義父の力を借りて、このドロ沼の教授選挙戦へと一歩を踏み出していたのです。この教授選挙には公職選挙法はない。名誉欲と私心に憑かれた人々が跳梁跋扈する選挙戦。真摯な学究の徒というだけでは、出世することができない、実力以上に政治力に左右され人事が決まる国立大学病院という「白い巨塔」の相貌。医師としての本分を失った医師たちの暗躍には悲しくなるものの、一方で、ヒューマンな医療活動を続ける人物も登場します。里見助教授。彼は、後に財前が、その慢心から引き起こす「誤診」をめぐり、自分の姿勢を貫き通したたがために大学病院を追われる憂き目に遭います。まあ、作品の後半を蓋い尽くす「誤診裁判」のボリュームよ。そして、さまざまな見識が、医療というものを考えるのに存在するのだということに驚かされます。医療機構の現実は、この30年以上前の小説からどれほど変わったものかと思いますが、現在も、数々の矛盾と戦いながら、生命を守るために医療の現場を支え続ける医師たちがいるのだろうなと、そうあって欲しいものだと、想像しています。作品の最後に、あるひとつの命のために、これまで敵味方に分かれて争ってきた医師陣が、ノーサイドとなり最善の治療に尽力します。財前教授も、根っからの悪徳医師というわけではなく、医師としての使命感と優れた手腕を持った人物で、多くの人命を救い、医学の発展にも寄与していたのです。医師の倫理と正義が、制度や政治力による横槍や、個人の欲得によって曇らされていくことがないようにと願いたいものですね。
作者の山崎豊子さんは『「大地の子」と私』の中で、ご自身の創作法について言及されていました。登場人物の温度差をはっきりさせるようにしている、というようなことを書かれていたと思います。善なる人と、その対比をなす人物たち。たしかに、自分が信じる「善」を貫き通す人物、というストレートな人物造形をいくつかの小説で目にしたことがあります。社会の不合理や、悪意の登場人物たちに翻弄されながらも、彼らの「善」が光りを放つ。こう、善と悪が止揚した中庸な存在、としての人間、なんてものはお呼びではない、潔い作品群を見よ、という気もいたします。文学的心象を描くものではありませんが、毎度、毎度の壮大な運命劇に、胸を突かれるものがあります。素材として選ばれるテーマの抜群の面白さ、ということもあるのでしょうね。『沈まぬ太陽』なんて、「こんなひどい会社辞めたらいいのに!」とか、同じ会社員として、わりと本気で憤慨してしまったり。『大地の子』も、母が満州で育った関係で、感じ入るところは多かったですね(このドラマ版もDVD化されましたね。山崎豊子さんは、主人公の隆一心をモックンに演じて欲しかったそうですが・・・)。さあ、『二つの祖国』はいつ読もうかな。しばらくコンディションを整えてから、というところでしょうか。 |