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| 2003/6/24 |
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『ブッチャー』
著 者:アブドーラ・ザ・ブッチャー 出版社:東邦出版
発行日:2003年06月 本体価格:1,400円
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私が小学生の当時は、まだプロレス中継がゴールデンタイムに放映されていて、ふいにつけたテレビ画面に、フォークで突き刺され血だるまになっている人を見た時の衝撃を今でも覚えています。ブッチャー対テリー・ファンク。昭和の全日本プロレスの黄金カードです。反則の限りを尽くすブッチャーの凶器攻撃に耐えて、耐えて、耐え抜いたテリーが、怒りのナックルパートで反撃を開始する瞬間、会場の興奮は頂点に達します。善悪のはっきりしたわかりやすい展開に、もう子ども心はわしづかみ。あの頃、クラスの男子の大半はプロレスファンではなかったのでしょうか。「刺して輝く人」と「刺されて輝く人」の補完関係、なんてうがった見方をしていなかった当時のこと(予定調和の綻びにばかり目がいく昨今)、大ヒール、アブドーラ・ザ・ブッチャーは、まさに悪の権化のように思えていました。一方で、ニヤニヤしながら人をフォークで突き刺すブッチャーには、狂気というよりも、どこかにユーモラスな印象を受けることもありました。だからこそ現在のボブ・サップのような、一般的な人気をも獲得していたのだと思います。プロレスの凶器も、有刺鉄線、火炎、電流、爆破装置、蛍光灯(どうやって凶器にするのかと思いますよね、普通)とエスカレートしています。デスマッチという凶器前提の試合ジャンルが確立した現代では、フォークなどスケールが小さく思ってしまうものですが、あのブッチャーとテリーが紡ぎだした「完成されたプロレス空間」を、懐かしくも思い出すことがあります。痛みや、怒りの伝わるプロレス。凶器攻撃は、本来、姑息な、汚い攻撃なのです。姑息な悪党こそが、観客の罵声と憎悪を一身に受けながら燦然と光り輝く。プロレスラーという、アスリートならぬ存在の魅力に心を奪われる瞬間です。
本書は、伝説のプロレスラー、アブドーラ・ザ・ブッチャーの自伝です。この表紙のブッチャーの写真の凄いこと。額に深く刻まれたギザギザの傷痕よ。彼の長いキャリアの証です。プロレスラーの自伝やエッセイは可能な限り読むようにしておりますが、本書は、なかなか完成度の高い一冊ではないかと思います。日本人選手の場合、生い立ちからプロレス団体に入団するまで、また、その新弟子時代のエピソードが楽しみなのですが、外国人選手の場合、やはり、いかにプロレスというこの特殊なエンタテイメントを「考えて」いるのか、このビジネス哲学の部分が興味深いものです。本書では、彼の貧しい生い立ちから語りおろされていますが、そこには、狂気や、凶悪なものはひとつもありません。家族に対する深い愛情と、家族のためにビジネスで成功することを求めた男性の生涯に感じいってしまいます。プロレスは、対戦相手と、そして会場全体と一緒にスウイングすることを求められているため、格闘技のように、ただ強いだけではつとまらない。対戦相手の強さを引き出し、相手を輝かせて、自分も輝く。時として、相手の光を消すことの逆説も有効な場合がありますが、基本的には、お互いの肉体の強靭さを引き出しあうもの。ブッチャーがいかに考えて、自分を「魅せる」ことをしてきたか。彼のビジネスマンとしての、クレバーさ、したたかさ、に目を見張るとともに、プロレスへの愛を感じることのできる一冊です。テリー・ファンクやジャイアント馬場という好敵手たちとの信頼関係。師であり、ライバルでもあったシークへの愛憎。馬場やシークの死を経て、恩讐を越えて今、語り下ろされるプロレスラー人生。子どもの頃から見ていた「怪人」の内面に、こうした形でまみえるとは、ちょっと不思議な感慨があります。ブッチャー、67歳。このプロレス人生は、いまだに進行形なのです(実は、私が「生」でブッチャーを見たのは、ほんの3年ぐらい前のことです。まだまだ彼の雄姿を見る機会はあります)。彼はオファーのあるかぎり、リングに上がり続けます。人生に定年なんてないってことで、ちょっと勇気が出る一冊。プロレスファンならずとも、読んでいただきたい本です。
ところで、この本を読むまで、ブッチャーはアフリカのスーダン出身だと思っていました。鉄釜で焼いた砂利を、猛スピードで指で突き刺すトレーニングをして、あの「地獄突き」を習得したとかいうエピソードは、さすがに作り話と思っていましたが、結構、そうしたファンタジーを一緒に楽しんでいるところもあるので、あからさまに現実がわかってしまうと、なあんだと思うこともあります。いや、そういう「創意工夫」をして自分を魅せることがプロレスラーの器量なのですね。ちなみにデビュー当時は「謎のトルコ人」というキャラクターだったそうです。家族に、自分がレスラーをやっているのを知られると心配されてしまうので、なるべく正体がバレないようなキャラにしたとか。ちょっといい話、満載の一冊です。 |
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【楽天ブックススタッフ 知】 |
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