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| 2003/12/15 |
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『スペインの宇宙食』
著 者:菊地成孔 出版社:小学館
発行日:2003年10月 本体価格:1,700円
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ウラジミール・ナボコフ、園まり、人工ホイップクリーム、ゴダールの愛の世紀、フレデリック・オヴ・ハリウッド、銀座の恋の物語、ボリス・ヴィアン…etc。この固有名詞の羅列にグッときた方は、迷わず本書『スペインの宇宙食』をお読みください。きっと求めていた異世界への飛翔を経験できることを保証します。
…という枕を置いたのは、ある文章に対する好みというのは、その著者が生きてきた過程で引きずらざるを得なかったコト・モノに対する好み、つまりその著者の身にまとわりついている価値観に対する好み、と言えるのではないかと思うからです。その著者の価値観は嫌いだけど文章は好き、ということはあまり無いような気がします。価値観という言い方は大袈裟、と言われるのならば、テイストという言い方が適当かもしれません。その方が今の空気に合っていますし。
ところで今、私は自分のテイストを理解してくれている友人は貴重だということを実感しています。本書は、或る友人から「エッセイ集なの。最高。」というサラリとした言葉と共にまるで当然のごとく、つまり無理矢理(笑)渡されました。あまり気が進まないままめくったその1ページめに目を通した途端、私の心拍数は急上昇していたはずです。本書の著者である菊地成孔氏がジャズファンクバンドDCPRG(デートコースペンタゴン・ロイヤルガーデン)の主催者で、SF作家である菊池秀行氏の実弟、などというデータはもう見事に関係がなく、とにかく文章が形式的にも内容的にも素晴らしくバッドテイスト&エレガント!!例えば、コンビニで買った飲料水を「コンビニ・ヴェバレッジ」と呼んでしまうような、そういう感じ。または、思い出の故郷が今では寂れ果てた町になってしまったという事に関して、「総ての甘美な思い出には、こうしてダークサイドという人工甘味料の苦味が口に残る」と表現してしまうような、そういう感じ。もしくは、各章に「ソーヌ川で穫れたグジョン(コイ科の小魚)のフライ」とか「全米ビーフステーキ芸術連盟」などというタイトルをつけてしまうような、そういう感じ。ちなみに著者は、千葉県銚子市の料亭の息子で、筋金入りのグルマン。文字通り、酸いも甘いも知らねばこういう表現はできません。かのジョン・ウォーターズ氏も、良い趣味を持たねば悪趣味は理解できない、と仰っています。
本書において著者の筆は、一貫してバッドテイストとエレガンスの間を行ったり来たりします。と言いますか、バッドテイストがエレガントになり、エレガントがバッドテイストになったりするのです。この世ではあるべき場所に固定されている価値観が、重力に逆らって飛んだり踊ったりひっくり返ったり。そのスリリングな芸当にハラハラしつつもその見事な着地に思わず拍手せざるを得ないような、そんな文章に久しぶりに出会いました。私はエレガントそのものの絶対的価値を主張することも、またバッドテイストをバッドテイストゆえに価値があるとすることも、どちらも好きではありません。世の中に当然のように居座っている価値観を無重力空間に持ち込み、それによって鮮やかな遊びを展開してくれる、そんな作品をいつも探しているのですが、そういう作品はとてもとても少ないのです。
そんなわけで本書は、そういったテイストというようなもので自由に思いっきり遊びたい!という人にとっては、格好の玩具になることは間違いありません。ただただテイストの飛翔や舞踏や曲芸を楽しむ。意味がわからなくても楽しい。ちなみに私は、著者の書いているグルマンな記述やゴダール映画の音楽に関して半分も理解できませんでした(笑)。しかし、それにも係らずそのテイストは理解できたのでした。
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