| <<前日の日記へ | 翌日の日記へ>> |
| 2002/9/18 |
 |
『エンブリオ』
著 者:帚木蓬生 出版社:集英社
発行日:2002年07月 本体価格:1,900円
|
「エンブリオ」というのは受精後8週までの胚なのだそうです。舞台は不妊治療に絶大な実績をあげるサンビーチ病院。院長の岸川はその腕と熱心さから患者から大きな支持を集めていました。その熱意と患者に対する精神は「子どもが欲しい」と切に願い続ける心を救う誠実さがあって心を打ちます。それが冒頭部分…ところがどっこい。
ここからはかなり核心に迫る話が増えてくるので未読の方はお気を付けください。
読み手の私にも「岸川先生ステキ〜」と思わせたのもつかの間、次第に病院の闇の部分が浮かび上がってきます。まずは臓器移植。それも堕胎した胎児の臓器を培養して移植に使うのです。パーキンソン病の患者には、妊娠させた愛人から胎児を取り出し脳をすりつぶして患者の頭部に注入(それで良くなるらしい)したり、不審死した岸川の恋人から採取した卵子に自らの精子を掛け合わせ不妊患者に生ませたり…極めつけはホームレスを使って行う男性の妊娠実験です。これらの実験を行うために用意された地下の<ファーム>を舞台に、岸川の野望がどんどんどんどん大きくなっていくところが不気味でした。
これが狂ったマッド・サイエンティストの仕業だったら単なる勧善懲悪物語になるのですが、ある一方で彼を賞賛する声があることも事実なのです。最先端医療を押し進めるには倫理観は捨てなければならない。倫理規定なんか関係ない…岸川はものすごく悪いことをしちゃっているので悪として憎む事も出来ましたが、これを信念としてやっている医者が主人公だったら、読み手の倫理観も揺らいでしまうところでした。漠然と感じる生理的嫌悪感の存在がなかったら本当に自分が分からなくなってしまいそうです。しかし、岸川が目指したのはまさに神。自分の精子で作った受精卵を数多く作り「これだけ自分の遺伝子を残した人間はどんな権力者にもいないだろう。」と悦に入っているところはおぞましさを通り越えて恐怖すら感じます。
不妊治療やクローン技術など生命を作り出す医療が脚光を集めていますが、そんな今だからこそ読んでいろいろ考えておきたいものです。内容も重量も重い本ですが、いわゆる理系ミステリ的な理屈っぽさがないのでぐいぐい読めます。ずしんときます。 |
|
【楽天ブックススタッフ 瑞】 |
|