電話でも、道端でばったりでも知っている人に出会って、その人が無類の本好きだと知っていたら挨拶の次に「最近何が面白かったですか?」と、聞いてしまうありさまです。文芸コーナーで取り扱った“宮部みゆきのオールタイムベストテン”の件で本の雑誌のSさんと話をしたときも、仕事の話はさておきで本の話に流れていきました。その時私は宮部さんの『あかんべえ』を強くオススメしておいたのです。Sさんは本の雑誌のHP上で“炎の営業日誌”という連載を持っていて、そこで『あかんべえ』の感想を取り上げてくれました。自分が紹介した本の感想を別の場所で読むというのは楽しいものですね。で、その連なりで出てきた本が『かかし長屋』です。「面白い本は決して一人でこっそり読まない」という暗黙のルールに基づいた芋蔓式読書、いわば面白い本情報の物々交換のようなもので意外な本に出会うことが多いのです。
『かかし長屋』は半村良さんが柴田錬三郎賞を受賞した作品だそうで(恥ずかしながら知らなかった…)ほぼ初の半村良体験になります。SFのイメージが強かったので、こういう江戸市井ものを書いていることがまずは驚きでした。浅草三好町にあるかかし長屋は近所の寺の和尚さんが建てた長屋です。そこに暮らす人は貧乏人ばかり、その日の暮らしにも困るような面々だけれど、人間としての誇りは失っていません。貧乏であることと最下層の生活者であることはイコールではない!という和尚の薦めによりまずは身綺麗にすることを徹底しています。中にはいろいろな過去がある人もいたり、一旦は身を持ち崩してしまった人がいたりもします。しかし、一方で玉の輿に乗って結婚していく娘や、大工の棟梁に褒められた大工の話があったりして悲喜こもごもの生活模様。不幸も幸せも分かち合う長屋の住人たちにいつしか夢中になっていました。
伏線が絡み合ってのストーリーというのがもちろんあって、エンディングに向けて盛り上がりを見せていくのですが、やはりこの小説の見どころは人の生き方なのではないかと思っています。夢があって、将来への不安があって、健康を案じて、子どもの行く末を案じて…とたとえ貧乏長屋でも住む人の心は他と変わりません。目立つ主役も格好いいヒーローもいないけれど、日本人が忘れてしまいそうになっている穏やかな暮らしが生き生きと描かれている良い作品でした。そして、個人的には貧乏であっても身綺麗にする事はできる!という言葉を読みながら、酷いさわぎに散らかっている自分の身の回りを深く反省した次第です。 |