森鴎外の『寒山拾得』に寄せられている「寒山拾得縁起」というあとがきのような一文が好きで、本編を読まずに、この一節だけを飽かずに読み返しては、ひそかに微笑んだりしております。なんだか、お子さんの邪気のない質問に困ってしまったお父さん、という微笑ましい絵が浮かんでくるのですが、そうか、鴎外は子ども相手に「パパア」などと自らを呼んでいたりしたのか、なんて、初めて読んだ時には、鴎外のイメージが、ちょっと変質したことを覚えています。後に森茉莉嬢の「パッパ」たる父鴎外を知ることとなるのですが、良きお父さん、という像は、この近代日本に懊悩する大文豪の、やはり意外な側面ではないかと思うのです。話変わって、つい先日、吉村昭さんの『白い航跡』という歴史小説を読みました。慈恵医大の創設者でもある高木兼寛氏の、幕末〜明治の動乱期を医師として生きた激動の生涯を描いた作品。吉村作品の考証に基づく硬質な史実描写と、一方で浮かびあがる登場人物たちの慈愛に満ちた姿、彼の作品に通底する「漂泊の想い」の哀感が胸にせまり、充実の読書時間を満喫したのですが、やはり興味を惹かれたのは、「鴎外」に触れられている部分でした。高木兼寛は、当時、猛威を奮っていた原因不明の死に至る病「脚気」を研究し、栄養の偏り(後にビタミンBの不足ということが判明)を病因とつきとめ、軍医として出任していた海軍の兵士たちの支給食を改善することで「脚気」を根絶することに成功します。しかし、時の医学界はドイツ流の学理的な研究が主流で、高木のイギリス流の臨床研究は白眼視され、その「栄養不足」説は評価を得ないどころか、反論の矛先を向けられます。高木の学説に反駁する急先鋒は、陸軍軍医部の森林太郎、つまりは、森鴎外。森林太郎はあくまでも「脚気」の病因を「細菌」説にとり、栄養バランスの調節のために軍隊の支給食を米を中心にした和食から洋食に変更しようとする高木の意見を否定します。支給食を変更しない陸軍では「脚気」による死亡者が相次ぐものの、時の医学界は高木の意見には重きをおかず、やがて彼は医学の歴史に大きな足跡を残しながらも、正当に遇されぬまま世を去ります。鴎外の高木に対抗する論文が訴求力をもったのは、その文才によるところが大きかった、という一説もあり、これもまた、文豪鴎外の意外な実像なのかも知れず、そんなアナザーサイドにも感慨を覚えました。果たして、鴎外は、どんな人物だったのでしょうか。
関川夏央、谷口ジローによる『坊ちゃんの時代』シリーズは、明治時代の文人や、実在の人物をモデルにしたフィクション、などと呼んでしまうのでは寂しいような、そんな不思議な感慨を運んでくれるコミックです。高い評価を得た作品群ですが、十年以上の歳月を経て、最近、二冊が文庫化されました。その第二部(第二巻)は『秋の舞姫』。鴎外、森林太郎を追って日本に渡った「舞姫」エリス、そして、彼女と邂逅し、その知遇を得た人々。それは、小説『舞姫』から『普請中』をつなぐ僅かな時間に存在したかもしれない幻のような物語。「姿三四郎」のモデルとなった柔道家、西郷四郎や、「軍国美談」の広瀬中佐(この物語ではまだ中尉)、そして作家、二葉亭四迷。同じ時代、日本に生きていた人たちの「あり得たかも知れない」出会いと別れ。明治初期という苦難に満ちた浪漫の時代を闊歩する人々の麗しくも輝ける日々が描かれています。この作品の中の鴎外は、厳格な力強さと、人間的な弱さを併せ持ち、その内心の葛藤と苦悩は、沈鬱な面持ちに表されています。近代日本の「家長」という立場で、彼が採らねばならなかった「義」の苦衷。表情に刻まれた悲しみ。絵の力、は大きいもので、コミックが「文学」の世界をこんな風に押し広げていくことに驚きを感じるとともに、関川、谷口両氏が作り上げた世界にただただ酔うてしまうのです。巻末の川上弘美さんによる解説もまた、この世界の魅力を存分に語る美しい言葉となっています。未読の方には、是非、味わっていただきたい作品です。これもまた鴎外のひとつの相貌・・・。
思えば、鴎外作品は、中学、高校、大学に至るまで、テキストとして学習していたものでした。どんな作品も教科書的に読んでは、その魅力が半減してしまうわけですが、鴎外に感じていた印象も、幾分、教科書的なものではなかったかと今にして思います。生半可な教養主義で、主要な作品は、学生の頃に、一応、読んでいるかと思うのですが、果たして、十代の読書はどれほどのものを感じとれていたのか。人生経験を積んで、多少なりとも、研がれた(かも知れない)感受性で読む、そんな再読の時を迎える準備をしております。最近、ブームなのでは、と思うほど、鴎外についての本が目につきます。さて、次は、『官能小説家』か、『タイムスリップ森鴎外』か(笑)。まま奔放な鴎外を想像しながら、原典に回帰していくのも一興でしょう。安野光雅さんはアンデルセンの『即興詩人』を鴎外訳を底本に絵本(画文集)にされたそうです。かつて途中から大畑末吉訳に逃がれてしまった私としては、それで再挑戦もありか、などと思いながら、新たな鴎外との蜜月の機を伺うのでした。 |