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| 2001/9/18 |
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『カープ 苦難を乗りこえた男たちの軌跡』
著 者:松永郁子 /駒沢悟 出版社:宝島社
発行日:2001/09 本体価格:1,700円
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カープを語るとき、広島人はついつい熱くなる。
かく言う僕も例外ではないが、実はこの本で多く取り上げられる草創期や初優勝までの立役者のカープ選手にはあまり馴染みが無かった。
しかし読んでみて、僕にとってのプロ野球のヒーローが、川上でも王でも長嶋でもなく山本浩二であり、衣笠幸雄であり、高橋慶彦であり、北別府学であり、津田恒美であり、大野豊であるように、僕のオヤジやジイちゃんのヒーローが、長谷川良平、古葉竹識、上田利治、根本陸夫、外木場義郎、池谷公二郎であることと、何ら感覚の違いが無いことが良く分かった。
僕は生粋の広島人だ。生まれも育ちも広島。小学校時分にはカープの選手に憧れて少年野球チームに入り、家のTVはいつもカープのナイター。当たり前のようにカープの野球帽をかぶり、GやTの帽子をかぶっている友達なんて
一人もいなかった。
高校生の時分には、理由は良く覚えていないけど、野球観戦するのが妙に流行って、広島市民球場の外野センター席に陣取る山本浩二私設応援団に入って、毎日のように野球観戦⇒大きな声を出して応援⇒応援団のオバチャンからお弁当とビール(あ、高校生だった。。。)をもらうのが何よりも楽しかった。
どうしてあんなにも楽しかったんだろうかと回顧すると、応援しているみんなの感覚が、「わしらの浩二はぶちすごい」ということだったんだなあと、この本を読んで思い出された。
僕のオヤジも、じいちゃんも、相当なカープファンと言うか、「カープはわしが育てたようなもんじゃ」と言って憚らない。原爆・終戦から間も無い時分に創設されたカープは、幾度も潰れかけた貧乏球団で、市民からの募金で何とか続いてきた。オヤジはよく僕にこう言った。「わしは野球観に行くのにも路面電車に乗らず、球場までいつも歩いた。カープ観て帰るときも、持ってるお金をとにかく毎回全部樽募金に入れて、みんなで歩いて帰ったもんじゃ。」
カープの話になると、終戦直後に少年だった、今は60歳くらいの僕のオヤジくらいの年代の人は皆、だからこそ自分はカープのことを全部良く分かっていて、自分が監督ならばこうする、ああすると、熱っぽく語れるのだろう。
昭和50年のセ・リーグ初優勝の日は、当時6歳の僕にも忘れられない日だ。強面のオヤジが声を出して嗚咽し、団地の全ての家庭から、大の男のすすり泣く声がした。ひとしきり泣いてから喚起の笑みに変わったオヤジは、僕を連れて広島の繁華街、八丁堀・薬研堀・流川・本通りに繰り出し、同じように子供を連れ、肩車するオヤジどもと一緒に、練り歩いた。街角と言う街角で樽酒が割られ、振舞われていた。見知らぬ同士で肩を組んでは少しテンポの遅いカープの応援歌を絶唱し、万歳三唱を繰り返した。
広島に生まれ育ったみんなが、大してすごい額ではもちろんなく、自分の身の丈の精一杯でカープを支えたことが、そのみんなの人生の大きな拠所になっていることは、広島の人にしか分からない感覚なのかもしれない。この本は、そんな広島人の気質を読んで取れる本だと感じた。
ところで僕は、30代になった今でも、大学の校歌は忘れたが、カープの応援歌はいくつも歌える自分がここにいることを知り、「にま〜っ(^_^)」とするのだった。 |
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