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| 2001/8/10 |
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『カフェー小品集』
著 者:嶽本野ばら 出版社:青山出版社
発行日:2001/08 本体価格:1,500円
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自称乙女派文筆家、人読んで乙女のカリスマと呼ばれる嶽本野ばらちゃんのご職業は今を時めく作家なのです。お洋服は黒と白しか着ない、男のコだけれども愛用ファンデはシュウウエムラノバラクリーム、ちいさな頭蓋とメンズのパンツがゆっくり余る華奢な肢体。竹宮恵子のJUNE漫画『風と木の詩』にあこがれてホモセクシュアルになりたかったと、なろうとしたけれどもなれなかったと真面目に語るこのひとはなに。彼はまるまる乙女ではないですか。乙女のお相手王子さまというよりは、乙女側の人間ではないですか。そのふしぎな存在感と自分本位な我侭さにみちた文章に、すっかりくぎづけにされてしまったのでした。以来、発売を追うように追うように読みつづける私が居ます。
そんな彼の第四作目が実在のカフェーに纏わる小品を集めた『カフェー小品集』です。なかみは自意識美意識ばりばりのたっぷりとしたモノローグにくるまれた、口当たりのかるい小品ばかり。(濃い野ばらちゃんを知りたい方は『それいぬ
正しい乙女になるために 』をどうぞ)「なぜか、迎合しないせいかしらなぜか、生きにくいような気がするの。」というひとたちがたくさん出て主人公となっては消えていきます。歌舞伎町の由緒あるカフェーに、縦ロール+レースいっぱいロリータ魂炸裂のジェーン・マープルのお洋服で勤めようと面接を受けて十度も落ちる少女、狭いキャパシティを容認するしかなくてひとつのメゾン、ひとつのカフェー、ひとつのスタイルしか持たないマンネリズムの作家だけを世界として生きるひと。どの作品もデコラティヴでうそっぽくて、フェイクにまみれています。そのくせそのフェイクが現実で切実なのです。ほんとうなのに、と苦しむきみは苦しんでいない。
青春時代真っ只中の人間が「今!私は!青春の真っ只中にいる!」と感じるのはなかなかないものです。馬鹿騒ぎと喧騒を通して以外には。人間は自分が若いとき若いと本当に実感はしないし、何かをつかんでいるときそれを知らないのです。同様に乙女は乙女であるとき、乙女であることを知らないのです。乙女をつよく意識し、自ら乙女であろうとするとき、やっと乙女たりうるというのはなんだかとってもフェイクなのです。知っているのです。フェイクの滑稽さを知りつつもたまごの殻にこもるのです。私はそういうものを痛切に感じ、野ばらちゃんを愛してしまうのだなあ。同じものを榎本ナリコと大野一雄に感じます。野ばらちゃんをすきだと思ったことで己のすきすき傾向を再確認してしまったのでした。 |
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【楽天ブックススタッフ 帆】 |
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