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| 2001/7/13 |
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『風のラブソング』
著 者:越水利江子 出版社:岩崎書店
発行日:1993/12 本体価格:1,262円
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小学生の時に学級委員に選ばれたことがあります。真面目ではあったけれど、それほど成績が良いわけでもなく、利発なタイプでもなかった私が選ばれるはずもないと思っていたのに。推薦されて、当選が決まった時に、私はふいに泣き出してしまいました(すぐ泣くヤツだったのです)。この選挙の少し前に母親を亡くしていたので、なんだか「クラスメートの同情によるもの」のような感じがして、どうしようもなく悲しかったのだと、今は思います。級友たちからは「嬉し泣き」と勘違いされていたようですが、明確に自分の感情を説明できる言葉もなく、自分が何故、泣き出したのかもわからないまま、押し黙っていました。それでもあの微妙な心の動きだけは忘れがたく、あの時の自分に声をかけることができるならなんと言おうかと思うこともあります。この本について語ろうと思うと、どうしても自分の子どもの頃の『鼻がつーんとして』『なにも言えなくなってしまう』気持ちばかりが思い出されて辛いのですが、誰かとそんな話がしたくなります。純度の高い良質な児童文学作品であり、未消化のままの気持ちを沢山抱えた大人にも力を与えてくれる一冊ではないかと思います。
小夜子という女の子を中心にした連作短篇集。ごく普通の日常の断片を描いたもの。20年以上にわたる物語ですが、それぞれが独立した短篇であり、小夜子と関わりを持つ子どもたちが、その語り部となっていくため、時間の経過を意識させません。小夜子の兄にはじまり、小夜子の子どもたちに終わる7篇。私は小夜子自身の語りによる『みきちゃん』という作品がとても好きです。「ちょうせん」の子のみきちゃんは、うそつきでいいかげんで、皆んなから敬遠されている。酒を飲んでは暴れ、包丁を振り回しては、近所に迷惑をかける父親のことで馬鹿にされ、誰とも口をきかなくなり、やがて家出をする。小夜子には優しかったみきちゃん。小夜子は、以前につれていってもらった山の「秘密のかくれ家」に探しにいくのだけれど、そこには誰もいない。貧しさとか、親や家の問題とか、子どもの力ではどうにもならない理不尽な現実も、「子どもなりに」受け入れていかなくてはならない。弱くちっぽけな心に、許容量以上に注がれる、痛みにも似た感覚に、唸っていました。寂しい、みじめ、かわいそう、そんな言葉で自分をくくられたくない。そうだよね、きっと。作者の越水利江子さんは『ひとりぼっちの戦士たちに』と題したあとがきの中で、現実とたたかう子どもたちが、それでも『現実の世界を愛せる力を残してくれる物語』を書きたいと言われています。理不尽な現実は確実にあって、辛いながらも、それを消化していかなければならない。山のような試練の中で、果たして、夢物語に逃避せず、現実と渉りあっていけるのか。大人にとっても、かつて負った傷にむかいあうようなスリリングな読書ではあるのですが、『読み終えたあとの、静かな力になりたいと願っているが、果たせただろうか?』という作者からの問いかけには・・・はい、と答えられる、確かな読後感が残ります。
この本は、以前、人に薦めていただいたものだったのですが、その時は、今度、読みます、などと安請け合いしてしまい、気がつくと随分と時間が経ってしまっていました。守っていない約束は、胸にひっかかっているもの、いつか必ず読む、と思いつつ、ようやく重い腰をあげて、というか、読める心境になった頃には、薦めてくれた人とは疎遠になっていて、その感想を伝える術もない・・・というようなことは、ままあることかも知れません。大人になっても、約束を守れなかったなあ、という痛みはあるのですが、凄くいいじゃないですかこれ!と、その感慨が伝えられないもどかしさを、こうした場所で発散して消化したりしています。一方通行で本の話をさせていただいているコーナーなのですが、どこかの誰れかと微かでもつながることができれば、と願っております。スタッフ宛にも、色々とお勧めの本のメールをいただいております。熱く語っていただいている本を、是非読みたいと思いつつも、ほら、こんな暮らしぶりですから(どんな?)。果たせていない約束が沢山あるなあ、と、ちょっと途方に暮れています。いや、読むんだ、読んでいきます。ささやかながらも共感の可能性を求めて。是非、皆さんのお薦めの本も教えて下さい。 |
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【楽天ブックススタッフ 知】 |
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