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| 2001/2/23 |
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『隣人』
著 者:重松清 出版社:講談社
発行日:2001/02 本体価格:1,600円
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先日、新聞を読んでいたところ、奇妙な記事に目が留まりました。女子高校生が元同級生に「化粧が下手」と言われたことに腹を立て、数人がかりで暴行を加えた・・・悪口を言われてキレたのか、まあ、ここまでは良くある事件。しかしながら、その犯行の際に、元同級生の化粧を拭き取り写真を撮っていた・・・という記事の一節には違和感を覚えました。無論、新聞記事は客観的な事実に基づき報道をしているので、この女子高生たちにとって「お化粧」はひとつの矜持であって、その誇りを傷つけられた報復として、相手の誇りを奪い取ったのか・・・などと勝手に読みとってしまうのは、まあ、愚にもつかない「想像」。現象としての事件をありのままにとらえるのではなく、背景にある心因をさぐり出し、憶測で解釈を加えようとすることは、下世話な「勘繰り」となる場合もあり注意を要します。とはいえ、不可解な事件を、不可解なまま納得することもなんとなく抵抗がある。できれば、事件の本質に迫りたい。そんな時、「識者の見解」は事件を読み解く鍵を与えてくれることがあります。本書『隣人』は、ここ数年に起こった不可解な事件や都市現象を、直木賞作家、重松清氏が『読み物作家』というスタンスで考察したルポルタージュ。雑誌『現代』での昨年一年間に及ぶ連載を集めたものです。素材がホットなうちに是非。
「池袋通り魔殺人事件」「音羽お受験(春奈ちゃん)殺人事件」「新潟少女監禁事件」「てるくはのる」「17歳少年のバスジャック事件」・・・記憶に新しい悲惨な事件。無論、この事件の主犯たちの狂気は、自らが責任を負うべきものですが、数多くマスコミでとりあげられたのは、猟奇的であるということ以上に、その犯人像が、現代社会の病理を投写していたからではなかったかと思います。重松清さんは「読み物作家」の想像力を駆使して、これらの複雑な事件を読み解いていきます。例えば、音羽のお受験殺人事件に材をとった『ともだちがほしかったママ』では、作家と同世代である山田みつ子被告が過ごした青春時代の空気を語り、やがて、彼女の中の孤独と心の葛藤に思いを馳せていく。特異な犯罪を犯した人物が社会の中でおかれていた状況を読み取り、事件へといたった経緯を、記者たちが集めた情報をもとに考察する。『無駄足を恐れず、どんどん寄り道をしていく』中で見えてくる、事件のもうひとつの像。そして<蛇足>という名前で語られる、事件の背景に対する箴言。言葉の連なりは明晰ですが、理詰めの考察のみならず、ウェットな感慨が垣間見えるところに「読み物作家」が書くルポルタージュの味わいがあるようです。本書には、こうした特殊な事件以外にも、ごく普通の人たちをとりあつかったルポもあります。会社員を辞めて「僧侶」に転職した中高年の出家者を取材した章『当世小僧気質』など、憧れも少々。家族問題を数多くあつかう小説家が、ルポという切り口から覗かせる別世界。興味深い一冊です。
重松作品を最初に読んだのは『見張り塔からずっと』。ここでの乾いた人間関係の観察眼に、実は、かなり退いてしまいました(怖い、とさえ思ったものです)。何冊か読んだ後、デビュー作の『ビフォアラン』という切ない青春小説を読み、その感傷過多な人間味に、妙な安堵感を覚えたことがあります。最近の家族モノについては、直木賞受賞作を含め未読のものが多いのですが(読書不足。すいません)、本書で、その視点の「とらえるところ」を知ることができ、ふたたび興味が沸いてきました。『ぼくは読み物作家である。話にわかりやすいオチをつけるコツは、それなりに知っているつもりだ。』・・・わかりやすさ、を手玉にとる手練の技に甘んじて乗せられたり、その裏にある作家の心象を類推するのは、小説を読む楽しみでもあり。わかりやすさ、の向こうにあるものを見極め、それをも描き出せる作家の視線の鋭さと、技量。それ以上に、視点の持ち主である作家の心象に、私は興味があるようです。本書は、直接的に作家の言葉が語られている分、その心象により近づくことができたのかも知れません。 |
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【楽天ブックススタッフ 知】 |
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