| <<前日の日記へ | 翌日の日記へ>> |
| 2001/2/21 |
 |
『食べ放題』
著 者:ロビン・ヘムリー 出版社:白水社
発行日:1989/11 本体価格:1,553円
|
白水社「新しいアメリカ小説」の中の一冊。新しい、といいつつ、もう10年以上前の作品。後に新書の「Uブックス」にも収録されています。このシリーズ、たまに見つけては読んでいる程度なのですが、どの作品もそれなりに面白い。海外の現代文学については、あまり熱心な読者ではないし、知識もないので、面白いシリーズが見つかるととても嬉しい(早川書房の「夢の文学館」なども好きでした)。本書も、なかなか不思議な味わい。短編集ならではの、多彩なシチュエーションと登場人物の感情の交錯、感覚のスパークに満ちていて刺激的でした。そして、考えこんでます。内省しやすいのです。表題作『食べ放題』他、13篇からなる短編集。わりと好きなテイスト(いや、なかなか消化できないのですが)。
例えば『同類探し』という作品(これ、前に読んだことがある・・・とおぼろげな記憶があって驚いたのですが、どこかのアンソロジーに入っていたのか、それとも本書を部分的に読んでいたのか、思い出せません)。大学生の青年が、学校との縁を切って別の世界で暮らそうと、鉄工場という「実社会」に飛び込む。監督者として働くものの、荒くれ者揃いの労働者たち(スタッドな男たち)とうまい関係が作れない、というだけの話。無理して下卑てみせたりするんだけれど、彼らの「同類」にはなれず、気まずい緊張関係を残したまま、結局、鉄工場を離れ大学に戻ることになる。『僕みたいなやつには、ほかに行き場が無かった。』・・・それだけの作品なんですが、麗しい友情談はなく、教訓が明言されるわけでもなく、ああ、そういうことあるね、ぐらいの感覚。ギクシャクしているけれど、それほど波風が立っているわけでもない人間同士の距離感がもたらす微妙な空間。緊張関係や、奇矯な振るまいでさえも、日常の中では、ごくあたりまえに消化されているものですが、あらためて小説の一場面として抽出されると、実に妙な手触りを覚えるものです。切り離された「感覚」だけを見つめていると、不思議な気持ちになります。父親の葬儀の日、母親は父親との初デートの日を、会葬者の前で演じてみせる。それを冷ややかに見守る娘は、父親との確執の日々を回想する、『ポーランド袋』。語り得ない「間」。映像作品でなら捉えられるかも知れない微妙な距離感を、状況描写と些細な会話で感じさせる表現の鋭敏さに、ちょっと、まいりました。訳者があとがきで、筋を運びながら描かれていく「人物と背景の構図」の残像について言及されているのですが、たしかに、実像よりも残像に映し出される余韻こそが身上のような気もします。日常の断片をじっと見つめているのに、気がつくと異世界にはまり込んでいる。そんな不思議な感覚を持つ作品群。ちょっと村田喜代子さんの短編作品のようでもあるかなあ、なんて思っておりました。
ところで、この『食べ放題』という作品の「食べ放題」はパンケーキなのですが、先日、私は、ついに念願の「わんこそば」の食べ放題に参じました。子どもの頃からの夢だったのです(いや、実にスケールが小さい)。私が食べるのを傍観していた、見ず知らずの外国人女性に「イーティングマシーン!」と呼ばわれたわりには、大した記録も出ませんでした。次回はベストの体調で臨みます。 |
|
【楽天ブックススタッフ 知】 |
|