『ハートブレイク・カフェ』というタイトルに退いてしまい、しばらく手を出せずにいました(だって『失恋レストラン』みたいで、少々、気恥ずかしくて)。ビリーレッツという遅咲きの作家の名前も、この本で知ることになったのですが、読了後の今、その名前が燦然と輝いて見えます。先入観が覆されるというのは、なかなか嬉しい驚きです。
原題は『ホンク&ホラー近日開店』。これは、このお話の舞台となるカフェの名前。店主ケイニーの発注ミスなのか、業者の受注ミスなのか、カフェ「ホンク&ホラー」の看板には「近日開店」の文字がコンクリートで固定され、開店以降もそのまま。そんな物笑いのタネもいつしか忘れられつつある、アメリカの片田舎のハイウェイ沿いのさびれたカフェ。常連客の老人たちがひがな一日たむろする寂しげな店に、クリスマス・イブの前夜、片足をなくした犬を抱きかかえた女性が現れ、『仕事のことで来たんだけれど』・・・それがささやな奇蹟のはじまり。
やるせない心の痛みを抱えながら、日々の生活を送っている人たち。ヴェトナム戦争従軍中の負傷のために、両足の自由が利かなくなり、車椅子でこの店を切り盛りしている偏屈な店主ケイニー。放蕩な一人娘に裏切られ続けるウェイトレス、モリー・O。若い奥さんを国に残して、ろくに言葉もわからないアメリカに働きにきたヴェトナム人青年のヴーイ。読み終わる頃には、皆、離れがたい愛着をいだいてしまう登場人物たち。社会の中の弱い人たちに向けられた作者の視点はあたたかく、その悲しみを切実に描き出しながら、救いの手を、どこかに用意しておいてくれます。安易に使われる「癒し」という言葉には、少々辟易するものの、一人では抱えきれない悲しみを、誰かと一緒なら、多少は、やわらげることはできるかも知れない。そんな希望的な予感が、ひっそりと胸にともる一冊。映画『バクダット・カフェ』がお好きな方には、是非、おすすめしたい。素敵な場面が沢山あり、ペーソスに溢れた作品です。涙もろい方は要注意。 |